その日も、楽介はいつものように、在宅仕事。いつものように、自分で淹れるコーヒー。仕事の合間にちょっと頭を休めてコーヒーを淹れて、カフェインの刺激と苦みのある味を感じながら仕事をする。コーヒーの香りは、電動ミルで豆を挽くときが一番楽しんでいました。
使う機材は電動ミルと、エアロプレスというエスプレッソ風のコーヒー抽出器具。
これには、楽介も結構満足していました。それより前は、金属のメッシュフィルターだったり、ペーパーフィルターだったりで、ドリップコーヒーを淹れていました。ドリップコーヒーをこだわって淹れる時間も楽しくはありました。……休日の午後、とかなら。
しかし、テレワーク・在宅勤務中に飲むとなると話は別です。
ハンドドリップの話
ある日のこと。コーヒーをドリップしようと、まずは蒸らすためにお湯を数滴垂らして待っているところに、上司からの電話。
まあ、すぐに終わるだろうと楽介は電話に出ました。仕事中ですしね。ただ、内容が思ったより込み入って緊急だったため、PCの前に戻って、資料を確認。そのまま電話を切った後も数十分ほど作業に没頭しました。一区切りしたところで、冷めてしまったコーヒーを飲もうと思ってカップに手を伸ばし……ない。
そこで、コーヒーを淹れる途中で放っておいてしまったことを思い出します。
幸いガス台の火はちゃんと止めてしまっていたものの、蒸らした豆は当然冷え、コーヒーのために湧かしたお湯もとっくに冷めています。
お湯を沸かし直し、豆は……仕方ないのでそのまま使い、淹れ直しです。味が全然違う! と分かるほどグルメではない楽介ですが、気分はがっかり。忘れていた自分へのイライラと、電話を鳴らす前にチャットを送らない上司へのイライラまであり、とても「仕事の合間のリラックス」なんて気分ではありません。ただのカフェイン摂取。
こうなると、日頃「ちょっと面倒臭いな」くらいで済んでいたドリップ済みの器具の片付けも億劫になります。
ペーパーフィルターの水切りは面倒臭いですし、メリタ式にしろカリタ式にしろ、ドリッパーの形は洗いやすいとはお世辞にも言えません。ざっと水ですすぐだけですませることがほとんどですが、形が食器としては複雑なため、水切りかごの中で邪魔だというストレスも感じていました。
金属フィルターならゴミも少ないし、紙でこしとられる油分がそのままコーヒーに出てくるから、ペーパーフィルターよりもいいという話を聞きつけ試してみました。しかし、抽出に時間がかかる、コーヒーカスの掃除が大変、目詰まりもする……と余計ストレスを抱えてしまいました。
そんなようなことを何度か繰り返し、仕事が忙しいときにはドリップの時間も面倒になり、インスタントコーヒーを淹れる機会も増え、楽介は別の手段を探しました。
そこで出会ったのが、エアロプレスです。
エアロプレスの話
最初に書いた通り、エアロプレスはハンドドリップよりは楽介に向いていました。フリスビー会社の社長がコーヒー好きで、理想のコーヒー器具を開発したいから出来たというストーリーも、気に入りました。
エスプレッソと同じく、ごく細かく挽いたコーヒー豆にお湯を注ぎ、プラスチックのシリンダーを押し込んで一気に抽出する。手動のエスプレッソのようなものでした。
とはいえ、最初、この方式に尻込みしました。
仕事をしながらコーヒーを飲む日本人の多くがそうであると思うのですが、楽介は仕事の間中コーヒーを飲みます。大体、1杯のコーヒーを2時間くらいかけて飲みます。こういう飲み方をする場合、少量の濃いコーヒーを抽出するエスプレッソは不向きです。
後は、基本的に砂糖を入れない、コーヒーはブラック派の楽介。しかしさすがにエスプレッソを砂糖なしで飲むのはハードです。
そんなことを考えて色々調べていると、アメリカーノという飲み方があることを知ります。
エスプレッソをお湯で割るスタイルなら行けるかな……ということで、エアロプレスを購入。結果として、そこそこ成功でした。
コーヒー豆を挽いて、シリンダーの中に入れる。お湯を注ぐ。押し出して、好みの濃さに調整する。非常にシンプルでした。
また片付けも、抽出側の蓋を開いて、ペーパーフィルターを剥がす。と、豆とペーパーフィルターが簡単に分離するので、ペーパーフィルターはゴミ箱へ。
コーヒー豆は、ぎゅっと絞られているので可燃ゴミにそのままでもいいですが、一応生ゴミ入れに捨てました。それも、シリンダーを最後まで押し出せば「ぱこっ」とディスク状に固まったコーヒー粉が排出されるのでお手軽です。
形状がシンプルなので水洗いもシンプル。水切りかごの中でも、そこまで場所をとりません。
寒波はつらい
そんなわけで、エアロプレスはよかったのですが、毎年冬が来るとつらさを感じるようになってきました。
それが、お湯を沸かすためにガス台の前に立つのと、使い終わったエアロプレスを軽く洗うときでした。
どこのご家庭も大体、台所は寒いと思います。ダイニングキッチンにずっと暖房を入れて、そこで仕事をしている……とかならともかく、楽介は基本的に書斎で仕事です。コーヒーが飲みたくなったら、台所に出て行ってお湯を沸かし、豆を挽く。
お湯は、まあある程度沢山沸かしておけば、真空断熱ポットでもコーヒーを淹れるのに支障はない温度に保たれるので、普通はそんなに問題ではありません。
豆を挽くのには、電動ミルを使っていました。羽が高速回転して、豆を砕く、一般にあんまりいい品質とは言われていないタイプです。しかし、エスプレッソっぽく細かく挽くために通常よりも長い時間動かすので、微細粉ができてもそんなに気にしませんでした。短時間抽出なので、雑味があまり出ないというのもあります。
ただ、これを寒い中やるのはちょっとつらいです。器具を出したり入れたりという細かな手間もあります。楽